97話は96話目の続きです。
カウンターの向こう側
~第97章(97杯目)~
とある夜、二十歳そこそこの若い男性がおひとりでおみえになりました。若い方には珍しくウイスキーの”ザ・グレンリベット”の水割りを御注文され、静かにグラスを見つめながら飲まれていたのが印象的でした。
それから2ヶ月ほどたった夜、女性のお客様がおみえになり、マスターに「亡くなった主人がここで飲んでいたウイスキーを飲みたくて息子がひとりでここに来たみたいです。とても美味しかったと、今、家でもそれを飲んでいます。」と笑顔で伝えられていました。マスターは同じウイスキーをその若いお客様が飲んでいた姿と、お父様が飲んでいた姿を二人重ねて思い出していました。
お父様は十年ほど前に亡くなっているので親子で一緒に飲むことは叶いませんでしたが、その若いお客様は私(ここのBar)へおみえになったとき、時間を越えて”ザ・グレンリベット”の水割りを、亡き父親と語らいながら一緒に飲んでいたのかもしれませんね。
カウンターの向こう側
~第96章(96杯目)~
私(ここのBar)の開店当初から、ビルのオーナーが週に何度か飲みに来られていました。ゴルフ帰りに仲間と御一緒のときは、冗談を言いながら楽しそうにされていましたが、早い時間ひとりでおみえになるときは決まって一番奥の席でグラスをみつめながら『ザ・グレンリベット』の水割りを静かに飲まれていました。たまに「ここで飲むこの水割りはいつも変わらない味で美味しいね」と笑顔で言われていました。
その方、10年以上も週に何度も来ていただいていたのですが、あるときからパタリと来なくなりました。
半年たった頃、マスターのもとにビルのオーナーが亡くなったと訃報が入りました。その日、マスターは誰も座っていない一番奥の席に『ザ・グレンリベット』の水割りをずっと置いていました。
二十年もすると飲みにみえる人も提供する場所も少しづつ変わっていきますが、マスターの作る『ザ・グレンリベット』の水割りは、その方の好きだったずっと変わらない味なのかもしれませんね。
『ザ・グレンリベット』
創業1824年の初めて政府公認となった蒸留所。その後、その名をあやかってたくさんのグレンリベットの名を使う業者が増えたため【THE】を付けてよいのはこの蒸留所だけとなったそうです。